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「本がお好きなんですか?」  思いがけなく話しかけられて、口から心臓が飛び出しそうになりました。心臓は飛び出さなかったのですが、「はわあっ」というような間抜けな悲鳴が飛び出しました。声のした方にぱっと振り返りますと、目の前に若いお姉さんが立っていて、優しそうな笑顔を浮かべているのでした。本に夢中になっていた私は、すぐ隣に誰かが立っていることに気がつかなかったのです。  これは十年前の夏にあった出来事なのですが、私はこのときのことを今でもよく覚えています。そのお姉さんとの偶然の、しかも、たった一度きりの出会いが、今の私という人間ができあがるのに少なからず影響を与えているのですから、人の縁というのはとても不思議なものです。  当時、小学校の六年生だった私は、小学生最後の夏休みを一秒でも無駄にしてなるものかと、宿題なんかには目もくれないで、仲のよい友達と一日中遊びまわっていました。私の家は京都の東山の辺りにあったのですが、北は比叡山、南は稲荷山、西は嵐山と、南船北馬東奔西走の毎日を送っていました。  南船北馬東奔西走は言い過ぎのような気もしますが、小学生の私にとっては京都の市中が世界の全てと言ってもよかったですから、やはり表現としては正しいように思います。陽が昇ってから沈むまで自転車で市中を駆けまわっていたのですから、我ながら物凄いバイタリティだなあと感心してしまいます。
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