5/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
“My heart leaps up when I behold  A rainbow in the sky.  So was it when my life began;  So is it now I am a man;  So be it when I grow old,  Or let me die!”  お姉さんが口ずさんだ詩が、ワーズワースという詩人の「虹」という作品であると知ったのは、私が高校生になってからのことでした。その当時は詩の意味など分かるはずもなかったのですが、お姉さんの歌うような表現は今でも記憶に残っています。 「この鈴をあげます。大事にしてくださいね」  私の家の前までやってくると、お姉さんは鈴のキーホルダーを鞄から外して、私の手に握らせました。少しひんやりとして、気持ちのいい手でした。私はキーホルダーを揺らしてみました。「ちりん、ちりん、ちりん」と可愛らしい音が鳴りました。私は何だか楽しくなって、何回も鈴を鳴らしてみるのでした。  お礼を言おうと顔を上げると、お姉さんはもう居なくなっていました。空に浮かんでいた鉛色の雨雲も、先ほどまで降っていた雨の気配も消えていました。夢とも幻とも思えましたが、私の手には鈴のキーホルダーがしっかりと握られていました。  それから二度とお姉さんに会うことはありませんでした。中高生のころは毎年のように古本まつりに足を運んだのですが、お姉さんの姿を見つけることはできませんでした。大学は東京に進学することになり、サークル活動やアルバイトで忙しく、お盆も帰省しないという親不孝を続けていたため、お姉さんを探すこともできませんでした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!