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 8ページ  男たちは見つめあって意志を確認した。 「見るだけでも見させて貰おうか」 「ありがたい!」  村長を先頭に男たちは付いて行った。住民たちは恐る恐る後を追った。大きな沼の中央に、こんもりした島。そこに樹齢何百年も経つであろう、大きな枝垂れ桜が生えていた。倒れかかっていた。 「見事だ! 咲いたら見事だろうよ」 「本当だ。咲いたらさぞ見事だろうよ」 「見たい! さぞ見事だろうよ」 「我々もそれを心から願っている。だが今のままでは…」  男たち三人見つめ合った。 「どうする?」 「見てみたいよ、どれ程見事か」 「決まりだな。村長さん、我々で良ければ…」 「ありがたい!昔は橋がかけられていたんだがね、今は形もなくなった」  暫し沈黙してから村長は続けた。 「あの桜はな.この五十年一度も咲いた事がない。花一つ咲かせた事がない」 「嘘! 五十年も? 枯れているんじゃない?」 「そんな事はない。葉っぱは出る。花が咲かないんだ。みんなが言ってる。呪われている。魔法をかけられているってな」 「肥料が足りないんじゃないの?」 「そんな事はない。この村に桜は何本もある。どの桜も肥料はやってない。だけど花は咲いている。実際みんな体験しているんだ。沼の辺りまで来てあの桜を見るとな、体に変化が起こるんだ。体のどこかが痛み出すんだ。これが事実なんだ。私も認めている」  男たちは見つめ合った。それから住民たちに目を向けた。住民たちは男たちの手前で待機していた。男たちは鳥肌が立つような思いで桜を見た。 「魔法はどこでも使われている。珍しい事じゃない。人道に外れた魔法以外はね。村長さん、あの桜による被害は?」 「さっき言ったように、体の痛みや変調だけだ」 「五十年も続いてその程度なら、悪意に満ちているとは思えない。住民に言ってくれ。なるべく近付かないようにって」 「引き受けてくれるという事かね?」 「勿論。引き受けるよ」 「ありがたい! 私はもうすぐ役目を終える。できるなら桜の開花を見たいよ。五十年前は見事に咲いていた。どんな魔法がかかっているのか…」 「悪意に満ちているとは思えません。思うに、五十年花を見られなかった事の方が悲しいように思えます」 「それはその通りだ。桜は我々の希望と祝福のシンボル。五十年咲かなかった悲しみは大きいよ」  男たちは沼を一周して一番近い所に立った。 「ここから五十メートル余り…」
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