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「猫の足跡よ」
「足跡? 猫のですか? これのどこが?」
「あんた、そんなこと言ってるとまた失神しちゃうわよ」
「え」
終わりじゃないの?
尻尾、掴んだよね。これで自分のやることは終わりじゃないの?
「あんた、自分の役目は終わったって思ってるでしょ? 終わってないからね。だって、私の前に引き渡してないんだから」
「でもでも、壁に」
「これはただの合図。来てやったよっていうね。遊ばれてんのよ。捕まえられないって踏んで、遊ばれてんの」
そう言い切った彼女の目は鋭くなって、壁に描かれている可愛らしい足跡のようなまん丸い滲みを睨みつけていた。
「いいわね。今度こそ尻尾を掴むのよ。で、私にすぐに知らせること」
よっこらせっと言いながら立ち上がり、伸びを一つ。
首を左右にカキカキやってその女の人は「じゃね。今夜もちゃんと見張ってんのよ」と言い残して部屋を出て行ってしまった。
残された自分は、ひとまず無意識に滲みに目をやる。
見方によっては可愛らしい足跡にも思えてきた。
「可愛らしい猫の足跡だ」
そう思うと自分でも知らない間に笑っていた。
そんな自分に唐突に気づいた。
そういえば、こうやって笑ったのって、いつ以来だろうか。もう遠い昔のように思えた。
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