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憧れていた大都会、東京。そこでハイソなボーイフレンドとドライブしている。
まだ田舎で暮らしていた頃、マキが憧れていた大学時代がそこにはあった。
国産の四枚ドアがついた父の車とは違う。
黒いボディは同じでも、真赤な本皮のシートやメタルの散りばめられた内装は、正に都会的な車だった。
轟くような排気音を放つオープンカーの助手席で、柔らかに巻き込む走行風に長い髪がバタつかないように手で軽く押さえながら真っ青な空を見上げた。
「風が気持ちいい!」
ハンドルを操るのは渋谷リュウセイで、同じ私立大の別学部に通っている。
マキも受験する頃に、幼稚舎からエスカレータ式になっているのは知っていた。
でもその事を特別意味深く考えた事はなく、だから彼みたいな学生に出会っても「そうなんだ」と思うしかなかった。
「見てみて、海だよ!」
右に左に車が山路を上り抜け、開けた場所に出た。すると視界が一気に開けて二人の前に真っ青な海が姿を現した。
「太平洋だよ。あっちが伊豆!」
四月に上京し、二ヶ月が経った。
今のマキは、ようやく電車にも慣れたという頃だった。
そんな彼女にとっては、広い太平洋もずっと続く伊豆半島も遠くまで来たと感じるには十分過ぎた。
「熱海まで行くよ」
「あたみ?」
実は余り地名に詳しくないマキにはそこがどんな場所かもハッキリと分からなかった。
でもリュウセイとのドライブは楽しかったし、初めて学校で女友達から紹介された時から好印象は変わらなかった。
「マキちゃんって、何も聞かないんだね?」
「エッ、何を?」
やがて海は後方へと去り、また森の中を車は走った。
うつむいたマキは少し戸惑っていた。都会的な女性なら何かここで聞くものなのかと考えていた。
「ゴメンね。何か言うものなの?」
改まったマキを見て、リュウセイが笑った。
「さっきのこと。まだ考えていたの?」
赤面するマキは「気にしないで」と優しく慰められた。
「ゴメンね。何も知らなくて」
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