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次の日のお昼休み。
会社の洗面所で化粧直しをしながら、鏡の奥を覗き込む。
まさか、会社の女子トイレまでは尾行して来ないよね。
鏡の中に観司の気配は感じず、当たり前かとため息を付く。
そもそも彼だって仕事中なのだ。
「どうしたの?」
そんな私の自嘲を見兼ねてか、隣に来た同僚の美穂が化粧ポーチを開けながら話しかける。
「うーん。彼の事でちょっとね」
「ええ?彼氏?なになに?何かあったの?」
「ううん。なんでもないの」
まさか、私の彼はストーカーなの、なんて言えるはずもなく。
「ふーん。彼氏がいるなら、岸田さんとは何でもないんだ」
「え?岸田さん?」
「付き合ってるって噂だよ」
まったくの寝耳に水だった。
「はあ?仕事の話以外はした事もないけど」
仕事の話だって岸田さんのイベント企画チームに入っているから当然だし。
そう言えば残業した後、何度か食事に誘われた事はあったかな?
でもそれでだってそんな意味じゃないだろうし、そもそも一度も行った事は無いし。
何もない事は同じチームに入っている美穂も知っているはずなのに。
「でも、ちょっとは良いかなって思ってるんでしょ?」
「えぇ?ないない。全然ない。私、彼氏いるから」
ストーカーだけど。
「ふーん…」
感情の見えない相槌に振り向くと、美穂は笑顔のままだった。
「ねえねえ。その口紅、良い色だね。ちょっと見せて」笑顔の美穂が言う。
「あれ、見た事なかった?ずっとこれだよ。ショップのオリジナルカラーで、そのお店に行かないと買えないんだ」
気を取り直してこちらも笑顔で口紅を渡す。
「へー。だから珍しい色なんだ。そのお店の場所って他に誰か知ってるかな?」
手首を捻って口紅を回転させて眺めて見ている。
「聞かれた事ないから別に誰にも言ってないけど、どうだろ?場所はね…」
「あ、良いよ。また後で時間がある時にね」
そう言うと口紅を差しだして足早に去って行った。
そうだよね。お互い忙しいもんね。
そう思いながらトイレを出ると、その忙しさの元が声をかけて来た。
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