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「でしょ。たねぬき蕎麦じゃないでしょ。なのになんでたぬきかなぁ」
「七味いる?」
「頂戴」
「ほい」
グミから七味の瓶を受け取って、ぱっ、ぱっ、ぱっ。
割り箸を折って、丼を軽くかき混ぜ、ずず~っと手繰る。
「ん……あん……んん」
「…あ…はふぅ」
「ミク、やっぱあれでしょ。相方が赤いきつねだからでしょ」
「おぉ」
「きつねのライバルといえば昔からたぬきでしょ。だから緑のたぬき……はぁ…はぁ…んむ」
「んく……なるほど……っん」
「んむ……ずぞっ……ずぞぞぞ」
「ぞぞぞぞ………」
「「……ぶふはぁああああ」」
二人ならんで、ひとしきり勢いよく麺を手繰りこんで、ようやく一息。
そこで私は、ふと思った。
「っていうか、なんで蕎麦屋なのよ?」
「え、いまさらその疑問?」
グミが、再び丼に突っ込もうとしていた顔を上げた。
彼女は当たり前のよう顔をして、
「アンタの失恋を慰めてやろうと、夕飯に誘ったんじゃない」
「んなこたぁ、分かってるわよ。でもどうしてその場所が高架下の蕎麦屋なのよ?」
もっとマシなチョイスは無かったのか。
例えばショップでバカスカ買い物しまくって、
どっか小洒落たカフェテラスでずっと駄弁り合って、
そしてエステサロンにいって身も心もスッキリとか。
失恋を慰めてくれるって言うんなら、それぐらいやってもいいんじゃないの。
「うん、それ先月やったよね」と、グミ。
「そうそう、あんたの失恋慰めんのに、私が誘ったんだ」
「カード使ってバカみたいにいっぱい買ったよねぇ」
「そうそう、おかげで先月末の請求書が恐ろしいことに……」
「というわけで、あたしもアンタもお金無いの。それにもう夜も遅いし、だから、蕎麦屋」
「だからって、この格差は酷過ぎない?」
「給料日前にフラれるアンタが悪い」
「そんな計画的に失恋できるかぁッ!」
通帳残高を眺めながらフラれる日を決めるなんて打算的にも程がある。
でも現実として、フラれたその日に友人に相談するのと同時に、財布の中身とも相談してしまってるワケで。
思えば私も随分と世知辛い恋愛をするようになったものだなぁ、とか考えながら蕎麦を手繰った。
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