第一部 「彼女の役割」

10/17
前へ
/17ページ
次へ
 ひとしきり漕いで追いついた後は、彼女の隣を、自転車を押しながら歩いた。  「飛鳥さん」  「何」  「今日の昼休み、どこへ行ってたの」  飛鳥さんはしばし考えるそぶりを見せた。やがて、階段ですれ違ったことを思い出したようだった。  「あのとき、見てたのか」  僕は頷いた。  「何を見たかは訊かないよ。気のせいだ、忘れな」  「やだよ。気になる」  「だから気にすんなって───」  僕の目がよっぽど真剣だったのか、飛鳥さんは苦々しく顔を歪めた。たぶん今までは、たとえ誰かが気づいても、「気のせいだよ」で押し通してすませていたのだろう。そりゃそうだ、人間が突然消えるなんて、目の当たりにしたって普通は信じたりしない。信じて、気にして、好奇心に満ちて寄ってきた僕は、どうやら飛鳥さんにとって、度し難い存在のようだった。  しばらく逡巡してから、彼女は答えた。  「あたしさぁ、近寄りがたい、とか、関わったらヤバい、みたいな雰囲気、出てない?」  「出てるよ」  「なら、空気読みなよ」  「読むかどうかは、自分で決めるよ」  「ふぅん……変なヤツ」  「変なのは、飛鳥さんでしょ」  「あたしは、空気を十分に読んでアレだから」自覚してるんだ、自分が変な行動を取ってるって。……それなら、と、僕は以前から知りたかったことを尋ねた。  「飛鳥さんは、いいの? 変とか魔女とか言われても」  答えは、力強くシンプルだった。  「全然? 誰に何と言われようと、あたしはあたし」  「うらやましいな、そういう風に考えられるって」  通用門を出て、駅へ向かう路地に出る。この時間帯は、帰宅する南高生がぞろぞろと歩いているが、静かなものだ。マンションやオフィスビルに挟まれているため、迷惑になるので騒がないようにかなりきついお達しが出ているのだ。かつては何度もクレームが来たらしい。僕らもしばらく無言で歩いた。  路地を抜けると駅前の広場に出る。角にあるコンビニの前では、見慣れた店員が店の前を掃除していた。万年不機嫌で、二言目には「近頃の若者は」と不平をこぼすおっさんで、南高生が来るのを迷惑がっていた。  ───微妙に違和感があった。この人、こんなにむっすりしていたっけ? もっと愛想がよかったような……高校近くのコンビニなのだ、高校生の振る舞いにいちいち腹を立てていてやっていけるはずがないのに。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加