第一部 「彼女の役割」

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 その後は各教室に移動し、担任教師から今後の行事や学業について説明を受ける、最初のホームルームが行われる手はずだった。桜舞い散る渡り廊下を抜けて、僕ら新入生はぞろぞろと教室へ向かった。  僕は一年B組だった。みなB組であることを喜び、他のクラスの面々からはうらやましがられた。なぜなら担任が若い女性で、ひとことで言って美人だったからだ。  僕もその輪のひとつに混じり、会話の端に加わった。担任の話が終われば、どこの中学から来て、どんな部活に入っていて、と話題は変わっていった。  教師陣はいったんミーティングを挟んでいるらしく、担任はなかなか教室に姿を現さなかった。共通の話題が少なくて、じきに一巡してしまい、誰からともなく校内のあちこちに華やかに咲く桜のことを口にし始めた。  「きれいだよね……」  「後でみんなで花見しようか。親睦を深めるために」  その輪の中で、ふっと僕は口にしてしまったのだ。  「秋に咲く桜って、なかったっけ」  「秋の桜って、コスモスじゃなくて?」  「そうじゃなくて、普通にさ、木に咲く桜で……」  ───そう言ったら、不審者でも見るような胡乱な視線がいっせいに僕に刺さった。  しまった、と思った。今ので、僕の高校デビューは普通ではなくなってしまった。僕は「いきなり変なことを口走るヤツ」になったのだ。これを放置したら、僕は高校三年間ずっと、「変なヤツ」にカテゴライズされたまま過ごすハメになる。僕は焦った。何か、取り戻せるような言葉を言わなくちゃ。けど、焦れば焦るほど、言葉が出て来なかった。  すると、  「いいんじゃないの、それで」  そのとき初めて教室に入ってきたひとりの女子が、会話に紛れ込んできた。───彼女は、見た目に「変なヤツ」だった。ほとんど白髪だったのだ。八割以上が白髪で、全体的に明るいグレーに見える。  「あんたの世界じゃ、秋に桜が咲くんだよ。そういうのもアリさ。あたしは好きだよ、そういうの」  その目立つ外見で視線を一身に集めた彼女は、そのまま中央後方の席にどっかと腰を下ろした。電車の中でおっさんがやらかすような品のないそぶりだった。そのまま、片頬杖をついて、ニヤニヤと、不思議な笑みを浮かべた。
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