第一部 「彼女の役割」

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 そして実際、彼女はいつも強気で、決して誰かにへりくだらなかった。かといって高圧的ではない。他人と向かい合うとき、彼女はまっすぐ相手を見ない。軽く首を傾げて、薄い色の瞳で上目遣いに相手をにらむ。口の端が、やはりにやりと歪んでいる。それが彼女流の、自分が上位に在ることを示す振る舞いだった。  会話をすれば、いつも気だるげで、他人を小馬鹿にするような口ぶりだった。他の女子がするような軽いおしゃべりとは無縁で、教師に対しても慇懃無礼だ。けれど、直接の悪口雑言を聞いたことはない。彼女には、他人を貶めることで自分の地位を上げる発想など微塵もなく、ただ上位に在り、何の束縛も受けないという事実があるだけなのだ。  入学当初、そうした態度はたびたび不興を買った。「飛鳥、何を嗤(わら)っている!」と、ある体格のいい男子が義憤に駆られて詰め寄ったこともある。けれど彼女は怖じもしなければ謝りもせず、そいつがさらに歩を進めて間合いを詰めたところで、足首を払うように軽く蹴りを入れた。そいつは重心を崩して床に膝をつき、そのまま無様に転がった。  「別にぃ。気にしなくっていいよ」  彼女はその頭上から、気だるげに声を落としたのだった。  もうひとつ、飛鳥さくらの「変」といえば。  ときどき、彼女は授業をサボるのだ。それも、授業中にいきなり席を立って外に出て行く。しばらく戻ってこない。  初めてそれが起きたのは、高校に入って二度目の英語の時間だった。我が一―Bの担任、例の美人教師の受け持ちである。英語の授業は、難易度こそ上がれど進め方は中学の頃と何が変わるというわけでもない。うららかな春の日、みなあまり身が入らず、どこか眠そうにしていた。  「ふひっ」  窓際の席から突然奇妙な笑い声がして、その緩んだ空気にぴりりと電流を流した。  「いっひっひっひ!」  飛鳥さんが、まるで壊れた人形のように肩を震わせていたのだった。  前の席に座る天パでイケメンな男子が、背筋を伸ばしてビビり上がった。その様子を見て飛鳥さんは、実に嬉しそうにその肩をばしばし叩きながら、椅子をきしませて立ち上がった。  「いやぁごめんね驚かせちゃって。いやでもおっかしくってさぁ、いひぃゃははは」
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