第一部 「彼女の役割」

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 当人は、悪評も陰口も平気の平左で、孤高の自由を謳歌していた。  僕は、入学式のあの日から、飛鳥さんが気になってしょうがなかった。  恋愛感情? 違う。単なる好奇心だ。  普通の人間であることしか知らなかった僕にとって、彼女の普通でない生き方は鮮烈だった。彼女の醸し出す不思議な空気の色合いには染められたいと願い、ニヤニヤ顔も不快に思わなかった。  いつしか毎日、飛鳥さんを目で追っていた。  ある日の昼休み、飛鳥さんはいつもの片頬杖で、窓の外を見ていた。……のように見えて、うとうとまどろんでいた。さすがに寝ているときは、ニヤニヤ笑いは面(おもて)に出てこない。それがなければ見目麗しき飛鳥さんを、僕は少し離れた自分の席から、しばし堪能していた。寝ている女子の顔をしげしげ窺っているというのは、悪趣味と言われそうだが。  と、彼女は突然、ぴくりと体を震わせて目を覚ました。直後に、にやりにやけの笑みが顔に広がった。伸びをしながら立ち上がり、腰に手を当て、頭を掻きながら教室を出ていった。  授業を抜け出すときと同じだ、と直感した。僕は飛鳥さんの後を追った。彼女が何をしているのか知りたかった。  昼休みだから廊下には人通りがある。たむろしてだべる集団もいる。飛鳥さんは、そうした騒がしさを払いのけるように、うっとうしげに手をひらひらと振りながら、すたすたと廊下を歩いていった。  一度、女子トイレの前で足を止めた。中を覗き込んで、それからまた歩き出した。僕もその前を通過したが、中からは女子の甲高いおしゃべりが聞こえてきた。  トイレの先に、人通りの少ない階段がある。飛鳥さんはそこから一階へ下りた。下りた後、普通なら一階の廊下へと折れて進むところ、彼女はさらに階段を下りた。その先は半地下の倉庫で、常時施錠されている。つまりは行き止まりだ。  どうやら彼女は、その行き止まり───というか、人気のない暗がりを求めていたらしい。そこでふぅと息をついて、壁に身をもたせかけた。  彼女は誰も見ていないと思っていたのだろう。けれど、この階段は、手すりの下が金属柵になっている。踊り場の辺りでしゃがみ込むと、その隙間を通して、倉庫の前の彼女の姿がはっきりと見え───。  ───そこには誰もいなかった。彼女は忽然と姿を消していた。  え?! 僕はびっくりして、何度か瞬きをした。
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