狐狗狸の涙

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「バカ者。猫ではない、狐だ。……私は狐狗狸。人間に福をもたらす守り神だ。全く……取り乱しおってだらしない。本当にあの時の少年なのか?」 「いや、そう言われたって……わわわわ――」  混乱のあまり両耳を塞いで玄関にしゃがみ込んでしまう。  すると、狐狗狸はいい加減見るに見かねて近づいてくると、フワリといい匂いをさせて、少年の頭をやさしく撫でてやった。 「私は十年前にお前と交わした約束を果たしにきたのだ。……それにお前の守り神なのだ、悪さはしないよ」  温かみのある包み込むような喋り方――それに少女の体温を肌に感じるせいか、少しだけ落ち着きを取り戻した。 「十年前って、何の事だ? ……さっぱり覚えてないよ」  この春で十八歳になった少年は、十年前、つまり八歳――小学校三年生の頃を思い浮かべる。  あの頃は確か…………特に何も思い出せなかった。  ごくごく普通の小学生だったのだ。  ポカンとする少年に、少女はこう説明する。  ――当時、小学校の教室で友達同士四人で『狐狗狸』という願い事を叶えてくれる神を呼び出した時、少年だけは願いを言わなかったのだという。  そのため『願い保留状態』となり、この保留期間は十年と決まっていて、あと一ヶ月で期限が切れる事。  それでわざわざ少女が願いを聞きに訪れた事――  そもそも『狐狗狸』など初めて聞くので、にわかには信じられなかったが、大体のところはわかった。  だが、今だって願いなど無いのだ。  いや、強いて言えば両親を生き返らせてくれ――なんてのは絶対不可能だろうから、心の中だけで呟いた。  すると―― 「……すまない、死人を生き返らせる事は無理なのだ。……狐狗狸にできる範囲でしか願いを叶えられなくてな。特に俗物の願いは全てダメだ。……但し、逆を返せばお前のように清き心の持ち主の願いは大半は叶えられるぞ?」  心で思った事を読まれてしまい、ギョッとする。  更に、自分が清い? ――などと言われ、対処に困ってしまった。  そんなやりとりをしているうちに、なぜか少女のほうに「まあ中に入ろう」と手招きされ、二人は狭いリビングに入る。  壁に掛けられた時計は午後五時を指し、その近くに貼ってあるカレンダーはちょうど十二月に捲ったばかりだった。  万年ゴタツに向かい合わせで入ると、互いに視線を逸らし、それぞれに壁やら天井に視線を這わせる。
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