一.

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磯に寄せる白波をしかめ面で見つめながら、刑事臼井士郎は煙草を咥えていた。今日はその苦さがやけに染みる。 三年前の今日、この海の直ぐ側の旅館で殺人事件が起こった。 殺されたのは、宿の主人である蟹沢栄作の娘、清子、十九歳。 清子は、海に仕切りの岩を入れて作られたような、本当に海の目の前にあり、ほぼ地続きになっている露天風呂に全裸で浮いているのを発見された。 死因は失血。胸の辺りから股まで、体を縦半分に割るかのように、鋭利な刃物で切り裂かれたことによる。 嫁入り前の若い娘の凄惨な死体。その肌の蝋のごとき白さ、血に染まった湯の赤さ、潮と赤錆の混じったような臭気。今も全てをありありと思い出せる。 犯人を逮捕できなかった悔しさも。
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