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ビルが立ち並ぶ町から、遥か遠くに丘が見えた。
星がまたたく暗闇が消え、ゆっくりと丘の彼方が明るくなっていく。それに合わせるかのように空の色が濃い青に変わっていった。上空で風が吹いているかのように、白い雲が流れた。
その情景が見せかけであっても、そこに住む人々に安らぎを与えた。
町の中心から外れた地域に愛想のない灰色のビルが立ち並んでいた。どの壁も汚れ一つない。汚れは毎晩清掃ロボットが落としていたが、それで清潔感があるというわけではなかった。丘の下、ロアータウンの壁には住む者に合った暗さが染み込んでいた。
夜には活気に満ちていたロアータウンでは明るくなるにつれ、多くの人々が酒で意識を失うか、ほかの薬品で意識を失うかしていた。その中には、永久に意識を失いっぱなしになる者もいた。
十階建ての低層アパートメントの、木目に似せた模様のドアが開いた。
白のスリムジーンズに首の部分が肩まで開いたミントグリーンのTシャツ姿のアルテミスは、道路に続く階段を数歩下り、足を止めた。背負っていたシルバーグレイのハードシェルDパックを軽く揺する。Dパックは無機質な色から生命維持装置のように見えた。
アルテミスが現れただけで、通りの雰囲気が明るくなった。オレンジの髪をショートカットにした褐色の肌の少女のまだ胸のふくらみが目立たないすらりとした体つきは、少年のようにも見えた。
アルテミスはホログラフィの空を一瞥すると、跳ねるようにして階段を下りた。この世界に本物がわずかしかないことをアルテミスはよく知っていた。本物と偽物を見極めることが生死に繋がることも。
いつものようにバス停に向かうアルテミスの前から、ランニングシャツにショートパンツ、ジョギングシューズが全て白で統一された男が近づいてきた。ヘアバンドで留めた長い髪は真っ白で、かなりの年配に見えたが、金がかかった自然な人工皮膚なのか、肌は皺もなく若々しい。そのせいで三十代くらいのようにも見えた。
アルテミスの前で足踏みを始めた男が軽く会釈をした。
「やぁ、アルテミス。おはよう」
アルテミスはにっこりと微笑んだ。
「おはよう。相変わらず元気ね。フウディ」
「トレーニングはかかさないでやらないとな」
フウディが笑った。少し垂れた目じりがさらに下がった。
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