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応接室にテラの上流階級が好む高級葉巻の煙が漂っていた。エアコンが薄紫にも見える灰色の煙を吸い出していたが、その匂い全てを消すことはできなかった。
ティタニア都市管理局局長のユーゼラス・ウィードにとって、その匂いは嗅ぎなれない上に悪臭としか感じられなかった。ウィードは咳払いをして、わずかに眉をひそめた。
反対側の人工皮革のソファに足を組んで腰掛けていた銀髪の顔色の悪い痩せた男は、そ知らぬ顔のまま葉巻をくゆらせた。百才を越えても筋肉質な体格のウィードがわざとらしく再度咳払いをした。男は初めて気づいたという様子で葉巻から口を離した。
「酸素を大量消費する行為とそれができる体というのは、宇宙ではどう思われているのかな」
どこか疲れた雰囲気がある若者の横柄な物言いに、ウィードは露骨に顔をしかめた。
「私には地球の悪癖としか思えませんな。ラベルさん」
トーマス・ラベルは口元をゆがませて笑った。
「確かに悪癖と呼ぶ時代もあったがね。今では貧乏人には手に入れられない嗜好品だ。宇宙に住む者たちは、こういう精神的な余裕を知らない。悲しいことだ。これも戦後、地球が疲弊し、指導的立場の者がいなくなってしまったためだ」
ウィードは同意する気にはなれなかったが、否定して議論するつもりもなかった。ウィードたちにとっては地球圏での生活の保障と移住後の安楽な生活を保証する金が得られるのであれば、主義主張はどうでもよかった。
ラベルは黙り込んでいるウィードから視線を外し、持参したクリスタルの灰皿にゆっくりと葉巻を押しつけた。一口水を含んだあとの声は人が変わったように冷たく聞こえた。
「それで? その後の状況は?」
ラベルは目を細めた。テラン独特の、ほとんど手を加えられていないラベルの外見は三十代前半に見えた。実際、肉体年令と実年齢は同じで、ラベルはウィードの三分の一も生きていなかった。
それにもかかわらず、ラベルの視線はウィードが耐えられないほどの圧力を持っていた。ウィードは上着のポケットからハンカチを取り出し、噴き出した額の汗をぬぐった。
「カツラギの自宅はジュピトリアン・サイボーグたちが守っている。学校にまでシビリアンポリスが張り付いている状態では手の出しようがない」
「シビリアンポリスか。初日に邪魔した小娘がそうだったな」
不愉快そうな口調でラベルが言った。
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