5

2/9
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/108ページ
 ティタニア都市群のひとつ、ウェスタネスの居住空間は他の都市と同じ半径十キロ、高さ一キロのドーム型をしていた。生活圏は宇宙港がある地上と地表までの地下百メートルに作られていた。  生活圏の下はさらに二百メートル掘られ、円筒形の作業空間になっていた。宇宙港、居住空間と作業空間はシャフトと呼ばれる幾つかのエレベータでつながれていた。  作業空間のさらに下には重力を発生させるグラヴィトロンとウェスタネスをそのまま持ち上げることができる脱出用ロケットエンジンが設置されていた。その領域は技術開発局が許可した関係者以外は立ち入りが禁じられていた。  機能を重視した、全体をハニカム構造で埋めた他の都市とは違い、ウェスタネスは空洞に近い構造になっていた。外縁部から中心に向かい、五百メートルほどの高低差が設けられ、そこに街が作られていた。初期開発者たちが地球に戻ることを考えて自然に近い空間にした、という話をアルテミスは聞いたことがあった。  外縁部はロアータウン、中心に近づくにつれ、ミドルタウン、アッパータウンの名称が付けられていた。人工的な空間ではどこに住んでも居心地に変わりなく、当初は便宜上付けられた呼称だった。だが、いつしか生活状況が近い者が固まりだし、居心地に差がついた。  アルテミスがアッパータウンにかよう日が来た。  新品の制服を着て歩いていると、どこからともなく男が近づいてきた。 「ヌールさん」  緊張していたアルテミスは低い声で自分の名を呼ばれたことに気づかず、そのまま歩いていた。 「ヌールさん」  強い口調にアルテミスは足を止めた。そばに見たことがある男が立っていた。身なりは周囲の雑踏に溶け込むような地味なシャツとスラックス姿だったが、闇で暮らす者特有の殺伐とした雰囲気までは隠しきれなかった。一気にアルテミスは正気に戻った。 「すまない。考え事をしてた。あんたは? フウディのそばで見たことがある気がするけど」 「さようで。フウディの身内です。社長がお話があると伝えてくれと。 「夕方までは時間がないよ。特別な任務で外せないんだ」 「特別な? え? その制服!」  男の声がうわずった。 「アッパータウンの名門校では?」 「そう。だから抜けられない」 「承知しました。そう伝えます。場所は『スターライト』です」  男はアルテミスのロアータウンで繁盛している店の名を告げた。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!