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アルテミスは視線を足元に落とした。
「アタシはここが好きだよ。上品な生活なんて想像もできない」
マリエはうなずいた。
「生まれ育ったところだから、そんなもんかもしれないね。でも、まぁ、よそを見るのも悪くないさ」
アッパータウン行きのバスが出るまで、マリエは嬉しそうにアルテミスを見ていた。
平等の建前で走っている循環バスは、どれも乗り心地は一緒のはずだった。だが、アルテミスにとって、ロアータウンからミドルタウンを通り、アッパータウンに向かうそのバスの居心地は悪かった。ロアータウンにある三カ所の停留所には誰もいなかった。ミドルタウンの一番最初の停留所には二人の男と四人の女が立っていた。乗り込んだ六人は先に乗車していたアルテミスを見て、無作法にならない程度に目を見開いたようにアルテミスには見えた。
バスがアッパータウンに入った。アパートメントはミドルタウンまではあるが、アッパータウンにはない。広さは違うが、独立した庭付きの一戸建て住宅が並んでいた。
アッパータウン12Aでバスが止まった。数人の乗客と共に、アルテミスはバスを降りた。
アルテミスはシャフト待ちをしていた何人かの視線を感じた。服装だけではアルテミスがロアータウンの居住者だとは分からない。好奇の視線と感じたのは、あるいは気のせいだったのかもしれない。
『一人でビクビクしてる……』
そう思って、アルテミスは憮然とした。
立ち止まっているアルテミスを覗き込むような無作法な者は誰もいない。だが、どこからか見られているという感覚は消えなかった。
アルテミスはさりげなく周囲に目を配った。
『プアミドルだと思われたのか。もっとプアだと分かったら、ここから叩き出されるかな』
生まれたままの姿を保つことに金をかけるアッパータウンの人間にとっては、アルテミスの目立つオレンジ色の髪や不自然な瞳の色は警戒するに値するのかもしれなかった。
「しっかりしろ! アルテミス!」
自分自身に声をかけて姿勢を正すと、アルテミスは毅然として歩き出した。
アルテミスの仕事はレイネを迎えに行き、その後ハイスクールで共に過ごし、家まで連れて帰る、というものだった。アッパータウンの学校では送り迎えにボディガードが付くことは珍しくない。だが、「同年代の少女」が「教室まで一緒」という徹底したガードをアルテミスは聞いたことがなかった。
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