第1章

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 神取にそれらの情報を提供してくれた人物のほとんどは、身の危険を感じて現在も行方をくらませている。神取自身も万が一の事を考え、それらの資料の存在を特に信用のおける人物にしか教えていなかった。証拠が固まり次第、全ての資料をその人物に引き渡し、AFPを追いつめるつもりでいるのだ。その矢先に桃香の誘拐事件が起きてしまった。  妻の由加里は、家族を顧みず仕事に熱中しすぎる夫に対し、日頃から溜まっていた罵詈雑言を浴びせ、大声でわめき散らし、挙げ句の果てに桃香の誘拐が発覚した翌日から精神状態が急激に悪化してしまった。今は病院で安静にさせている。この誘拐事件に何らかの決着がついた後、おそらく夫婦関係の修復という課題がのしかかってくるだろう。神取は、あまりの憂鬱さに大きく溜め息をついてしまった。 「やはり、あのAFPが絡んでいると思うんですが、警察ではどういった見解ですか?」  夏バテも手伝い、この1週間食事が喉を通らない。しかも真夏にも関わらず風呂に入る気力が削がれ、無精髭も伸び放題になってしまっている。そんな無惨にやつれ切った神取は、かなりの異臭を放つようになっていた。  それに引き換え、担当刑事達は交代で体を休め、シャワーも浴びてこざっぱりしている。さすがに神取の前では控えているのだろうが、食欲も旺盛のようだ。所詮は他人の大惨事ということだ。ただ、そんな彼らも何も進展のない状況にイラついたり、諦めにも似た疲労感を漂わせていたりもした。 「我々は証拠をつかんだわけではないので、AFPの仕業とは今の時点では断定できません。初動捜査の段階で見極めを過ってしまっては、後々大変な事態を引き起こしかねませんからね。ただし、先生の日頃の活躍を拝見する限り、その可能性が高いという意見も無視できません」  たった今、交代でやってきたいかにも現場慣れしていない一目でキャリアと分かる若い刑事が、口元をハンカチで抑えながら顔を背けて言った。それを見た隣に座っている更に若い刑事、彼もまた明らかにキャリア組が、気を利かせてベランダに面した掃出し窓のガラス扉を開け、エアコンのスイッチを切った。要は換気をしたのだ。
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