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「それだけじゃない。……これらは全てお前の部屋から見つかったんだぞ」
更に、ストーカー行為等の規制等に関する法律に違反している疑いで捜索令状が下りて、今朝、この現役音大生の講師が大学へと行っている間に部屋の中は既に捜索済みだった。
俺の手元にあった鞄の中は、男の部屋から押収した、彼女の声が音声が入ったデータ、彼女が弾くピアノの音源が入ったデータ、彼女の姿が映る動画のデータなど、それらが収められているUSBでいっぱいだった。
「……っく」
相手が悔しそうに呻いて、がくりと膝をついた。それは敗北を認めた男の姿だった。
「俺は、俺は……」
その時、がたっと扉が動く音がした。この時、僕は己の不覚を悟った。この対決の前に、屋上の鍵をかけておくべきだったのだ。
「お兄ちゃん、どうして!?」
そこにいたのは、信じられないといった表情をする彼女。
「お兄ちゃん、って」
彼女とこの男には血のつながりなどないのに、彼女がそう呼ぶことに俺は衝撃を受けた。今朝までに興信所に調査してもらった結果には、彼女とこの男の接点などない、というものだった。それなのに、彼女は男をそう呼んだのだ。
「この人を責めないで……ください。私の、憧れのお兄ちゃんなんです」
小さく、けれど彼女ははっきりとそう言った。
「……どういうことなの?」
「私が、小さな頃に通っていたピアノ教室で一緒だったの」
「やめろ!」
悲壮な叫びが響いた。男は、彼女が懸命に告げようとしている言葉を遮ろうと、あらん限りの声を上げていた。
「言うな! 言わなくていい! もうやめてくれ!」
「お兄ちゃん……」
彼女は、耳を塞ぐ男を見て、茫然と立ち尽くしていたが、やがて、その目から一筋の涙が流れ落ちていった。その美しさに目を奪われた僕は眩暈に襲われる。
「昔から、憧れのお兄ちゃんだった。優しくて、何でもできて、完璧で、ピアノも上手で」
「……頼む、やめてくれ。言わなくていい」
「この学校に来たのも、お兄ちゃんが卒業した場所だったから。合唱部に入ったのも、お兄ちゃんが居た場所だったからなんだよ」
「そうだったのか……」
悲しむ彼女を、慰めたくて僕は彼女を抱き寄せた。その顔を胸に埋めるようにして抱え込んだ。
僕はただ、他の男の話をする彼女の口を止めたかっただけなのだかもしれない。
「――俺は、講師としてこの学校に来てしまったことを後悔しているよ」
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