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彼女との出会いは五年前、たまたま立ち寄った美容室だった。
髪を切ってもらう間も、セットした髪を「いかがですか」と聞かれたときだって、彼女の事しか見ていなかった。
どうにかして近づきたくて、伸びてもいない髪を切ってもらうため、何度も通い詰めた。
普通だったら、気味悪がられただろう僕の暴挙も、彼女は笑って受け入れてくれた。
通い始めて何度目かで食事にこぎつけ、僕たちの交際は始まった。
初めてのデートは僕にとっては夢のような時間で、彼女の服装、髪型はもちろん、目まぐるしく変わる豊かな彼女の表情、その一つ一つを今も鮮明に覚えている。
僕たちの関係は年月を経ても変わらず良好だった。
僕が仕事に悩んだときも、彼女はいつも側で支え、背中を押してくれた。
苦しいとき、思い返せばいつも彼女がいてくれた。
だからこそ、僕も彼女にとってかけがえのない存在でありたかった。
プロポーズをするのに、躊躇なんて微塵も感じなかった。
彼女は僕の両親とも兄弟とも実の家族のように振る舞ってくれた。
見せかけではない、本心からそう接してくれた。
もちろん僕も、彼女の両親に同じ気持ちで接した。
僕が仕事に追われて何も出来ないのを攻めようともせず、彼女は一人で結婚式の準備を進めていた。
『来てくれる皆が喜んでくれる式にしようね』というのが彼女の口癖だった。
彼女がいてくれたから、一緒にいられたから、僕は幸せだった。
心からそう思う。
きっと、この先もずっとこの人と一緒に生きていくのだと信じて疑わなかった。
それなのに――。
「どうしてあんなことしたんだよ」
わずかに怒気をはらんだ僕の声音に、彼女が肩を震わせる。
「……ごめん」
視線を伏せて、消え入りそうな声を返した彼女を見上げ、続けて何か言おうとした僕はしかし、言葉に詰まった。
あんなことさえなければ、これから先もずっと一緒にいられたのに。
声を荒げたかった。やりようのない怒りを言葉に乗せ、彼女にたたきつけてやりたかった。
だが、それをしたところでどうにもならないこともわかっていた。
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