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二人の間に気まずい沈黙が流れ、彼女の顔から笑顔が失せていた。
「ごめんね、たっちゃん」
小さくつぶやいた彼女の言葉はきっと、僕にしか聞こえなかっただろう。
僕は何も言い返せぬまま、ただじっと彼女の悲しげな顔を見つめていた。
「達也くん」
いつの間にそこにいたのか、声をかけてきたのは彼女の姉だった。
手にしたハンカチで顔を覆うようにしているのは、泣きはらした顔を僕に見られたくないからだろうか。
「ごめんなさいね、こんなことになって」
「いえ、お義姉さんがあやまることじゃありません。僕の方こそ……」
「そんなことないわ、あなたは何も悪くないもの。あの子がいけないのよ。昔から考えなしで向こう見ずで、いつも周りを巻き込んで……」
確かにその通りかもしれない。
けれど、それも含めて彼女らしさだと思っていた。
「ね、達也くん。最後にあの子の顔、見てあげて。あの子に触れてあげてほしいの。どうかお願いよ……」
最後の方は聞き取れないくらい涙で震えていた。
ほとんど同時に、祭壇の方から悲痛な叫び声が響く。
彼女の母親が、瞳を閉じたままの彼女にすがり、声高らかに泣き叫んでいた。
周囲の参列者たちも、肩を寄せ合うようにして涙を浮かべている。
祭壇の中央には、在りし日の笑顔を満面に浮かべた彼女の写真が飾られていた。
両親、親族、友人に同僚。
多くの人が彼女のために集まり、彼女のために涙を流している。
僕にとってだけではなく、彼ら一人一人にとって、彼女はかけがえのない存在だった。
僕にとって、彼女ほど完璧な人はいない。
もう二度と出会えないと思う。
立ち上がった僕は傍らの彼女に視線を向け、独り言のようにつぶやく。
「どうして、死んじゃったんだよ」
彼女は、僕にしか見えない笑顔を浮かべたまま、しかし困ったように眉を寄せた。
どうしてあのとき、僕の手を振り払って交差点に飛び出してしまったんだろう。
信号は点滅していたのに。
トラックが猛スピードで直進してくるのもわかっていたのに。
ボールを追い掛けて横断歩道にかけていく子供の姿が見えてしまったから。
手を伸ばして彼女に触れようとしたとき、そこに彼女の姿はなくなっていた。
「ごめんね、たっちゃん-ー」
気がつけば、僕の頬に大粒の涙が流れていた。
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