愛でる

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「私の一目惚れだったのよ。偶然、同じ電車に乗り合わせたの。運命だと思ったわ。私は、彼に出逢う為に生まれてきたの。私の人生は彼の為にあるのだし、彼がいなければこの先を生きてゆく意味も無いの。私はそう思ったわ」 「ははは。大げさだな。心配しなくても、僕がきみの前からいなくなることなどないよ。だって」  ひと呼吸、間が空いた。 「だって……? だって、なんだと言うつもりだい……?」  僕は先を促した。このまま”彼女”の言葉を聞き続けているだけでは、どうにかなってしまいそうな気がしたからだ。 「……だって、僕はもう動くことなど出来ないのだから」  ”彼女が”そう答えて寂しげに笑った。  ”彼女は”なおも続けた。 「きみが僕をこんなふうにしてくれたおかげでね」  ”彼女は”さらに話した。 「これではもう、僕はきみを抱き締めてあげることも出来ない」  そして”彼女は”こう言った。 「でも、その代わりに僕は永遠の存在としてきみのそばにいられる。そばにいられるだけ、なんだけれど」  僕はかさかさになってしまった唇で問いかけた。 「”それ”は……きみが、”作った”のかい?」  彼女はにっこりと微笑んだ。 「ええ、そうよ。凄く良く出来ているでしょう。この”剥製”を作るのに、私は凄く苦労したのよ。その甲斐はあったわね。彼、本当に完璧だわ。もう死んでいるところも含めて、ね。いえ、だからこそ、なのかしら? うふ。うふふっ」  完璧な彼氏。その正体は、彼女が”本物の人間”を使用して作った、ただの”剥製”だったのだ。僕は”人間の剥製”の作り方を知っている。なにしろ、僕も彼女も剥製師になるつもりでいるのだから、知っていて当然だ。しかし、その作り方は残虐だ。かなり高度なスキルも要求される。彼女はその技術を、余すところなく彼に使用したのだろう。だから僕は彼女に対し「狂っている」と断じたのだ。  なるほど、彼女の言うとおりだ。僕の恋心は一瞬で凍花のように砕け散ったのだから。  だが、これで終わりでは無かった。  本当の恐怖は、ここからだった。  僕は、彼女が僕にこの”彼氏”を見せた意味を、もう少し考えるべきだったのだ。                            
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