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その声に振り向くと、ジュンタさんがわたしの肩に腕を回そうとして何かに阻まれているところだった。
「無理ってわかっててもしてみるんですね」
感心を通り越してちょっと呆れる、さすがに。
「いやだって、口だけの脅しかもしれないじゃん。試してみて無駄はないと思ったんだけどね」
「無駄でしたね」
「残念。せっかく二人きりになったのに」
「全部終わって美術館に帰ったら、いつでも触れますよ」
わたしの慰め方もなんかヘンな気がする。我ながら。
話が一瞬途切れ、わたしたちは所在なく遠くの山あいに落ちる大きな夕陽を見つめた。綺麗だ。でも、なんだか現実感がない。
というより、実際には現実感があり過ぎることの方が不思議なんだ。この晩秋の寒々しい空気、目に沁みる夕陽の眩しさ。草のざわめく音。何もかも現実としか思えない。
これが江戸時代なんて。もうとうに過ぎ去って存在していない過去の中にいるなんて。わたしがもう死んでいて、生きた人間じゃないなんて。
何もかも。
「アキちゃん」
「…ああ」
遠慮がちに呼びかけられて、我に返る。
「すみません。ぼうっとしてしまいました」
「いいんだよ。なんだかずっと毎日落ち着かなかったもんね。何も考えずにぼうっとすることなんか、長いことなかったんじゃない?」
「うん。…ていうか、この風景」
わたしは目の前の世界を手で示した。
「…なんか、胸が痛いです」
ジュンタさんはわたしの隣で、しばらく黙ってその景色を見ていた。
「そうだね。わかる気がするよ」
こっちを見ずに、前に目を向けたままで言う。
「俺も、こんな夕陽を見るの、本当に久しぶりだな。なんか、不思議だな。俺たちが死んでるなんて」
「わたしもそう思ってました」
膝を抱えて、顎をその上にそっと載せる。
死んでても、こんな気持ちになれるんだなぁ。
「今日のこと、なんだかずっと憶えているような気がします」
ジュンタさんは爽やかに微笑んだ。
「夕陽が信じられないくらいキレイで、草や木がざわめいてて、隣にアキちゃんがいて」
最後のはまぁどうでもいい気がしますが。
「俺もなんかこの感じ、忘れられないかも。アキちゃんをぎゅっと抱きしめられたら、もっとよかったな」
「はは」
最早笑う。こんな時でもジュンタさんはぶれないなぁ。
「ジュンタさんは、結構、すごく触りますよね」
気がつくと、思わず直球な言葉が口から出ていた。
「ごめんね。嫌かな」
「嫌ではないですけど」
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