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定時に会社を出ると、後輩の後姿が見えた。足早に駅のほうへと向かう彼を呼び止める。
「おい、修一!」
驚いた顔で振り返った彼は「ああ、先輩」と足を止めた。
江崎修一。部署は違うものの大学の後輩ということで、よく飲みに行く仲だった。ところが最近は俺の誘いを断ることが多くなった。どうしたのかと思っていたらある噂を耳にした。修一に彼女が出来たと言うのだ。なるほど。俺なんかよりもそりゃ彼女と過ごすほうが楽しいだろう。
俺が合流すると、後輩も歩き始める。しばらく進んでから、肘で彼のわき腹を小突いた。
「それならそうと、言ってくれたらよかったのに」
唐突な言葉に彼は「は?」と俺を見た。なんのことだと言いたげなその視線に、
「彼女、出来たんだって?」
「あぁ」と修一は気まずそうな笑顔を見せから、曖昧に肯いた。その横顔を覗き込むようにしながら問いかける。
「聞くところによると、完璧なんだって?その彼女」
そう。噂では彼自身が吹聴しているそうだ。自分の彼女は完璧だと。
じっと横顔を見つめる俺にゆっくりと視線を振り向けた修一は、恥ずかしげもなく言った。
「そうなんですよ。完璧なんです。僕の彼女」
あまりにもまっすぐな眼差しにこちらのほうが恥ずかしくなる。
それならば、その完璧という彼女のことを詳しく聞いてやろうじゃないか。
「なあ修一。この後、何か予定はあるのか?」
「いいえ。これと言って特には」
「それならちょっと付き合えよ。久しぶりに飲みに行こう」
彼は少し躊躇した様子を見せるものの、これ以上俺の誘いを断るわけにはいかないと考えたのか、「いいですよ」と笑顔を見せた。
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