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約束の日
待ち合わせ場所に現れた彼はすでに様子がおかしかった。
どこか緊張しているようで、肩に力が入っている。
「行きましょうか」
向けられる笑顔も、心なしか硬い。
「……はい」
善は懐石スタイルで提供されるお店ながら、本格的な日本料理だけでなく、家庭で出されるような素朴なおかずも沢山あって、気軽に和食が楽しめると若い人達にも大人気だ。
この間のフレンチも勿論美味しかったけど、お祖母ちゃんっ子の私にはこちらのほうが合っていた。
「美味しいですね」
とろりとした餡が掛かったごま豆腐はとても滑らかで、自然と笑顔がこぼれた。
「本当だ、美味しい」
蓮見さんもスプーンをそっと口に運ぶと微笑んだ。
それから、彼の話を聞きながら食事を進めていたけれど、三十分ほど経った時、私はあることに気づいた。
「蓮見さん、あまりお腹空いていませんか?」
お猪口に口をつけていた彼は私の言葉にギクリ、という風に肩を震わせた。
彼のお膳はほとんど箸がつけられておらず、最初に食べたごま豆腐と串ものくらいしか減っていなかった。
「……はい。今日は、呑みたい気分なんです」
彼がそう言ったのと同時に、ぐぅぅぅ、と空腹を訴える音が静かな個室に響いた。
「「……」」
蓮見さんはお猪口を掲げたままうつむいたけれど、ここからでも耳が赤いのが見えた。
「失礼致します」
と、気まずい空気を割るように襖がすーっと開けられて、女将が入ってきた。
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