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「今日の約束をした日から必死に練習したんですが、付け焼き刃じゃどうにもならなくて……」
「どうして苦手だって言わなかったんですか」
「……前付き合っていた人を、‘’食べ方が汚ない‘’と振ったと聞いたので」
「……」
そう言って恥ずかしそうに普段通りの持ち方を見せてくれた彼の箸は、見事なバッテンを作っていた。
蓮見さんはひとまずお鍋をバッテン箸で食べた後、また正しい持ち方に変えて蕎麦と格闘している。
慣れない持ち方で変に力が入っているらしく手がプルプルしているし、やっぱり全然掴めていない。
顔はいたって真面目だ。
「ぷっ」
笑いを堪えられなかった私を見て、「やっぱり、変ですか」と情けない顔をした。
「はい、変です。」
そう言うと蓮見さんはますます困った顔をして。
私はそんな必死な彼を、可愛いな、なんて思ってしまったのだ。
ーー
「なにそれ。ノロケ?」
先輩は、私の報告に不満タラタラだ。
今日も社食はいつも通りに混んでいて、十分待って相席でやっと座れたところだ。
先輩がぼやくのを尻目に、蓮見さんが肩にスマホを挟みながらエレベーターへ向かうのを発見した。
自分でも今までどれだけ興味が無かったのかと思うけれど、改めて観察してみると彼は女子社員の視線を常に独占していて、今も何人もの女子がポーっとなっていた。
仕事をしている時の彼の表情はキリッとしていて勿論格好良いけれど、私はこの前のアワアワしている彼の方が好きだな、と思った。
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