0人が本棚に入れています
本棚に追加
いよいよ診察も終わり、注射器が出てくると訝しげにそれを見やる。(この頃になると僕は、彼の不思議な行動に動じなくなっていた)
僕の腕に針が刺さる。
彼は微動だにせず立って居るが、先程まで鋭さを持っていた瞳が今は大きく見開かれている。今まで纏っていた雰囲気は、見る影もなく崩れ去っていた。
それを意図せず見てしまった僕は、こっそりと笑った。少しでも油断したら、ふき出してしまいそうだ。無情にも次々と、お腹の底からこみ上げてくる笑いはとどまることを知らず。僕は、喉の奥で笑いを噛み殺しながら、素知らぬ顔で診察を受け続ける。
なるべく、彼を見ないように…
体を真横にひねり、そっぽを向いていた。医者から逃げているみたいで、多少、不自然な体勢ではあるが、こうでもして、彼を視界から、排除しないと、僕は、吹き出してしまいそうだった。
おかげで!?…摂取の痛みを全然感じずに済んだ。
しかし今の一件で、僕は彼が怖くなくなった。
それどころか、彼も一介の人間なのだと改めて感じていた。
今、僕の目には彼が、知らない世界で懸命に虚勢を張る小鹿に見える。
『…しょうがないから、もうひと踏ん張りするか…』
僕は微笑ましく彼を見やった。
最初のコメントを投稿しよう!