第1章

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約束の日が来た。日が沈み、あたりの暗くなった夜7時。会社の最寄り駅から5つ離れた駅の改札。秘密の逢引きみたいで、私は胸の辺りについているフリルを撫でた。落ち着かないと。 近江さんが好きなお店に連れて行ってくれるということだった。どんな所でもいいようにと、ドレスアップした。近江さんのイメージからすると、夜景の素敵な創作料理のお店とか・・・?隠れ家的なスペインバルから、会員制バーにはしご、とか?そんなところ行ったことない、どうしよう。 しかも私がお礼するんだから、スマートにお支払しなければ。トイレに行くふりをしてこっそり伝票を・・・くのいちのように・・・などとイメージトレーニングをしていたら、彼が現れた。 近江さんの表情がいつもと違うような気がした。頬が上気し、目がいつもより生き生きと輝いている。ま、まさか、私とのお食事、喜んでくれてるのだろうか。うれしいって、言ってくれてたし…。 だめ、浮かれては!私はただあの日のお礼を…等と考えていたところ、 「お店、こっちです」 彼は挨拶もそこそこに、速足で行ってしまった。 え、ちょっと待って・・・ ピッチの長い彼に追いつくべく小走りについて行くと、近江さんは早口に話し出した。 「とんかつって、なん切れ目が一番おいしいか知ってますか?」 「と、とんかつですか」 「そう。答えは、右から二切れ目!なぜって?それはもう、脂身と赤みがちょうどいい割合だからです!」 じゅるり、と、音がした。 見ると、近江さんの端正な顔に、よだれの跡。どうやら、よだれを啜ったようだ。 何事もないように右手で顔を拭き、彼の話は続いた。 「先に出てくるゴマ、つい擦りすぎてしまいますよね。それはだめです!風味が飛んでしまいますから」 じゅるり。 よだれぬぐう。 「そしてなにより、ソースにつける前に、まず塩で食べてみてください。そうそう、キャベツは・・・」 息切れしながら、私は気づいた。 食べ物の話になるとよだれとアドレナリンの止まらない、グリーディーモンスターでしたか。 それは、お食事に誘われたらうれしいに決まってますよね。うん・・・納得。 この人の本質、ひとつ見つけた。 ~~~~~~~~~~ その日から、毎朝の楽しみができた。 朝、インフォメーションデスクで入館者に挨拶する近江さんに、こっそりチョコレートバーをわたすこと。 よだれをガマンしている顔もまた、いい。
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