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僕の隣の椿美玲は完璧だ。
授業中に、もしも僕が鉛筆を落としたものなら、
「はい、削っておいたわ」
と言って返してくれる。
もしも僕が消しゴムを落としたものなら、
「はい、黒いところは取ってあげたわ」
と言って返してくれる。
僕は椿美玲に惚れていた。
放課後、誰もいない教室にひとり残って黒板掃除をしていると、椿が新しいチョークを持ってきた。
椿は黒いチョークをケースから取り出して、興味深く見つめた後、それをくわえた。
「おいっ、なにやってんだ!」
僕が椿の口から慌ててチョークを引き抜くと、椿はひょっとこみたいな顔のまま、ほんのりと頬を赤らめた。
「あ、びっくりさせちゃった? わたし、気になるものがあると、つい口に入れてしまう癖があるの。だって、黒いチョークだなんて珍しいじゃない」
「何でも口に入れちゃうの?」
「うん」
「赤子か!」
椿にこんな欠点があったなんて驚きだ。でも待てよ。これは椿とキスをするチャンスじゃないか?
「実はさ、僕のくちびるって、ドリアン味なんだ」
「えっ、ドリアンってあの悪魔のフルーツの?」
「そう。食べたことある?」
「ないわ」
椿は僕の唇をまじまじと見つめ、まるで紅でも塗るかのように、薬指で上唇から下唇へと何度も撫でた。
椿の顔が近づいてきた。
椿の潤んだ唇が僕の唇をエイムする。
ごくり――。
ついに僕は椿美玲と……。
「痛ででででで!」
「あ! ごめんなさい、噛んじゃった」
椿は顔を真っ赤にして教室を飛び出すように出て行った。
椿が含羞の色を見せたのは、口付けという行為になると気づいていながら僕の誘いに乗ってしまった恥じらいによるものなのか、それとも何でもくわえてしまう習性の延長上で、思わず噛んでしまったことへの単なるハニカミなのかはわからない。
けれども僕は椿との心の距離がぐっと近くになった気がした。
僕は唇についた椿の歯形をいつまでも愛おしく撫でていた。
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