第1章

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「そう、円だ。君たち、知っているか? 高名な禅僧が書く禅画に、真円がある。単純なようでいて、ゆがみのない円は書くのが難しい。息子は、見事な真円を中央に迷いなく書く。何枚もだ。もちろん、知っている字も、教わった字も、実に見事に書き上げる。命じてもいないのに、それが当たり前のこととして。このまま育つと、息子は書道の大家になるに違いない!」 最後の方はかなり力説してしまっていた。 居並ぶ面々は揃いも揃って目が点になっていた。 ゴホン、と知人は軽く咳払いをし、言った。 「ま、君が見かけによらず、子煩悩だと言うことはよくわかったよ」 慎を肴にはやし立てるつもりが、残念ながら不発に終わった友人は、矛先を他の者に据えた。気の毒にと思いながら、息子が書いたものを改めて眺める。 実際、慎は息子のこととなると力が入る。日本人は、特に男親は身内を必要以上に貶めて伝える悪い癖がある。自分が人の子の親になると、きっと同じことをすると独身の頃は思っていたが、そんな気にはまったくならなかった。愚息と称する人の気が知れない。人前で息子の話をすると、たとえ少しの間の不在でも会いたくなる。 今日は一旦学校に顔を出してから自宅に戻る。なるべく早く帰ろう、政と最近あまり遊んでやっていない。 丁寧に畳み直してパスケースに収め、胸ポケットに入れた。 ふと、目線を上げると、その先に茉莉花がいた。 一瞬だがお互いは視線をしっかりと捉える。 彼女の表情は少し青ざめている。 ――何故だ。 慎は彼女の心情を計りかねた。
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