第1章

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「これから人を遣ります、お時間の方は如何でしょうか」 見上げた壁掛け時計は5時を回っていたが、「かまわない」と答えた。 「どちらへあがればよろしいでしょうか」 「白鳳大学だ、空港からさほど遠くない」 「そうですね、小一時間ほどあれば着けるでしょう」 「わかった、守衛に声をかけておく。用向きを伝えてくれればわかるようにしておく」 「かしこまりました」そこで用件は終わった。 「その後はどう? 慎先生」 帰り支度をした武がコンコンと慎の研究室の戸を叩いてきた。 「ああ、これから届けてくれるそうだが、今日は君に見てもらうわけにはいかなさそうだ。明日、改めて時間をくれ」 「了解。じゃ、一緒に帰れないね」 「小学生のようなことは言わず、さっさと帰宅したまえ。細君が待っているだろう」 「それは慎先生も同じ。ちゃんと家に帰りが遅くなるって電話しなよ。政君、待ってるだろうに」 「君に心配されるまでもない」 「憎まれ口叩けるなら大丈夫だね」と武は笑って扉の向こうに消えた。 まったくだ。 慎は苦笑する。 自宅へ電話を入れた。帰りが少し遅くなるから先に食事を済ませておくようにと告げる。用件のみ簡潔に伝えることを旨としている夫へ、妻はくどくどと理由を聞くことはしない。「お帰りになるまでお待ちしています」と言った。 小一時間は長い。 ブリーフケースの中身を改め、読みかけの本を出した。レジュメを取りながら書籍を行きつ戻りつしていた時だった。内線の電話が鳴り、来訪者の到着を告げる。見上げた時計は、予告された通りの時間を指している。
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