第1章

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◇ ◇ ◇ 慎最大の欠点。それは忘れ物の多さだ。 子供の頃は忘れ物の名人だった。 あらゆる物を忘れ、自宅や学校に物を落としまくり、いつも学校の先生に叱られていた。 父は息子の欠点も含め愛した人だったので、厳しく説教ができなかった。母は学校の教師や夫に「私が至らなくて」と、いつもぺこぺこ頭を下げていた。学校に本や筆箱を届けに走ってくれもした。 母さんが悪いわけじゃない、いけないのは僕だ。 毎回反省はするが、一晩寝ると反省したことすらケロッと忘れた。子供はとかく忘れる、忘れ物が多いのだから、推して計るべしだ。 しかし、子供は成長し、欠点は克服されていく。上級学校へ上がる頃には、忘れ物の名人は過去の話になった。 が、完治はしなかった。もちろん自分でそしらぬ顔してフォローができたので周りに知られる由もない。が、親しい人間には全てばれていた。恩師や親友、そして妻には隠せなかった。 夫の行動傾向を把握していた房江は、それとなくカバーをした。もちろん、夫に気づかわせるようなことはしなかった。 親友・武はといえば、気遣いという言葉は彼の辞書にない。ただ、彼は公私の別を付けるたちで、会話の内容はその時々のメンバーによって使い分ける。自然、慎のポカはふたりだけの会話の時、もしくは共通の、親しい同僚が立ち話をしている時ぐらいにしかしなかった。 「慎先生はヌケている!」 ぴしゃっと容赦なく言うように、武の言葉は実に良く当たっていた。 「今のところはかわいい程度で済むだろうけど、いつか取り返しのつかないことになるよ」 そうあってほしくなかったが、慎の思いとは裏腹に、紙にインクの染みが黒々と拡がるように忘れ物を重ねた。
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