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うそつき、と慎を詰った、悪夢を運ぶセイレーン?
上げた顔の向こうには、タラップの最上部で客ひとりひとりに挨拶とおじぎを繰り返す女性がいた。
間違いない。
私のローレライ、女神、――恋人
茉莉花!!
彼を歌うような声で呼んだ少女。
会わなかった年数分の齢を加えて、背も伸びて、はるかに美しく、瞳からは鮮やかで艶やかな光が放たれている。
――彼女は私に気付くだろうか。
横目で見た彼女は穏やかに微笑んでいた。
タラップを昇りきり、機内に入る彼の顔は強張っていた。
花のような笑顔を浮かべる客室乗務員とは真逆の、裏表の存在のようだった。
九州から自宅までの道程はよく覚えていなかった。家へ辿り着き、自室で床についてやっと思い出した。
妻はもちろん、息子の土産を買ってやらなかったことに。
それまで家族への気遣いを欠かさなかった自分の行いに嘘はない。
しかし、急激に輝きが色褪せていくような気がするのは何故だ。
背広の胸ポケットに入れた半紙がカサカサと、かさついた音を立てる。
自分の中で何かが変わる。動いていくと慎は感じていた。
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