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◇ ◇ ◇
慎は月に数回、多い時は週に一度は九州へ出向いた。
まるで凄腕のサラリーマンのように。
九州行きには理由があった。
母校で教鞭を執って五年以上経つ。来年から慎のポストはなくなり、次の年度からは別の土地、九州が勤務地と決まった。
その初めての九州行きで思わぬ再会を果たした。見かけた乗務員は、やはり茉莉花だった。
示し合わせたわけでもないのに、不思議と彼女が乗務する便に乗り合わせた。
何かのいたずらかと内心で舌打ちした。
終わった恋は美しき思い出になってくれればいい、例え再会したとしても何のわだかまりも残っていなければ良いのだが、そうならなかった。
彼女への想いはまだ女々しく残っていたのか。顔を合わさなければ思い出すこともなかったが、目の前に現れると話は違った。眼差しは茉莉花を追う。こんなことはいけないと思いつつ止められない。
同じ方面へ向かう頻度が多ければ当然のように乗員や乗客に顔なじみができた。彼らには名前を覚えられ、会話も弾むようになる。
しかし、茉莉花だけは他の乗客と打ち解けるようには慎と接しなかった。淑やかにもてなす接客態度のことを言っているのではない。彼に対し、幾重にもベールをかけたように結界を張り巡らせて近寄らせない。
対する慎も彼女には会釈以上の挨拶はしなかった。できなかった。茉莉花を前にすると、ぎくしゃくとして、まるで絡繰り人形か、へたくそなマリオネットのようだ。
彼女と乗り合わせた時は極力気配を消すように努めた。ポケットを探り、ミント菓子をかじって気を静めた。いつもポケットに入っている息子も好きなこの菓子は、彼女との距離を縮めるきっかけを作った。皮肉なものだ。
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