第1章

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「九州へ出かけられる最初の日は、どこかしら面白くなさそうな顔をしていたのに、近頃ではそんな感じはみじんもありませんでしょ。お仕事が順調か、他に何か楽しいことを見つけたのかしらと思ったんですけど」 こう見えても、あなたの妻ですから、と笑った。 ひやりとした。 房江の言う通りだ、九州行きはどこか嫌気があって、若干投げやりな気持ちもなくはなかった。が、今はどうだ? まるで長年の友人と連れだってどこかへ遊びに行く時のような、心浮き立つ自分がいて、それを隠せなくなっている。 いけない。 私は今、家庭を持つ身だ。 そう、恋人と待ち合わせるわけではない、自分が描く未来図に、息子と妻以外を入り込ませてはならない。 単の着物の帯をしめて慎は思った。浮かれるな、自分、と。 しかし、世の中は思うようにはならない。自分のことすらままならない。 翌週、帰りの便でまたしても茉莉花と乗り合わせた。 この日は機内は顔見知りばかり揃っていた。乗員乗客の垣根を越えて、知人同士が膝をつき合わるように話をした。 「尾上様、息子さんがいらっしゃるんですよね」と一人の乗員が言った。 「おお、彼はこう見えても親バカだよ!」 隣の乗客が混ぜ返した。 「家庭のことなど我関せずという顔をしていて、なかなか。外に女の一人や二人囲っていてもおかしくなさそうだっていうのになあ」 会話を主導している男は、何かと人を持ち上げたり持ち下げたりして場の空気を作る。今日の的はどうやら慎と決めたようだった。 なら、好きに言わせておけばいい。 慎はいつもより陽気に、知人の口裏合わせをした。話に加わる乗員の中には茉莉花もいる。 ――かまわない。私が既婚なのは周知のこと。子供がいることも。
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