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つられて束紗と美鈴も、両脇から携帯電話に顔を寄せる。
「え?え?」
「もしかして」
ズルズルと鼻水をすすったタケが再び、勢いよく鼻をかんだ。
「子供、できたのか?」
懲りもせず、彼の両目からは滝のような涙が流れ出した。
「そうみたいですぅぅぅ」
弾かれたように三人の表情が変わる。
「わぁ!おめでとう!」
「まじか!良かったな!欲しがってたもんな!」
「タケくん、パパになるのぉ。信じらんなぁい」
「先輩全員追い越しやがってコノヤロウ」
「で、今、何週目なの?」
「七週目みたいです」
止まらない涙をティッシュで抑えながら、珍しく饒舌に語る。
「もっと前から疑ってたらしいんですけど、あんまり早く言うと、僕が皆に言いふらしてしまうから、心拍が確認できるまで黙ってたみたいです!」
「…お前、嬉しそうに言ってるけど、全然信用されてないからな、それ」
「もう、何だっていいんです。こんな幸せな瞬間が僕の人生に訪れるなんて、二十五年間、思ってなかったですから!」
トクン
トクン
トクン
よくよく耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さいけれど、確かにそこにある、力強い生命の音。
聞こえるはずのない音が画面から聞こえてきた気がして、ポロリと涙が溢れた。
繋がっていく、魂の不思議を感じる。
生まれ来る、命の尊さを思う。
「スッゲーな、父親かぁ」
柴田がタケの背中をバンバン叩き、タケはぐちゃぐちゃの顔で、笑ってるような怒ってるような微妙な表情をした。
「男の子ぉ?女の子ぉ?」
「ま、まだ分かんないですよ」
「そっかぁ、今はまだ、こぉんな、お米の粒くらいに小っちゃいんだもんねぇ」
美鈴が、感慨深気に写真を見つめる。
「僕、これから、もっと頑張ります」
タケが、携帯電話を大事そうに両手で抱えた。
「仕事バリバリやって、いっぱい稼いで。嫁のこともちゃんと支えられるような男になって。煙草も止めます。酒もこの子が産まれてくるまでは断ちます」
顔を上げた後輩は、今まで見たことのないくらい、男らしく、強く、堂々とした表情をしていた。
その表情を、束紗はよく知っていた。
きっと璃紘がお腹にいるとわかった時、彼もこうやって喜んだのだろう。
真ん丸い目に涙をいっぱい溜めて、「ありがとう」と、奥さんをその胸にギュッと抱き締めたのだろう。
涙を拭って、束紗は言った。
「これからガッツリしごくから、覚悟してね」
「よろしくお願いしますっ」
「酒は関係ないだろお。これからも飲もうぜ一緒にぃ」
「飲んでる暇があったらうちに帰ります」
断固として譲らない態度に、柴田が口笛を吹いた。
話を聞いて集まってきた事務所の人々が口々にお祝いの言葉を述べていく中、照れ臭そうに何度も頭を下げるタケを見て、この感動を早く紘平に話したいと思った。
きっと、嬉しそうに聞いてくれる。
心が浮き足立つ。
ホンモノでもニセモノでも、話したい、と思える相手がいることって幸せだ。
気づかせてくれてありがとう、タケ。
心の中で言ったつもりだった言葉は、いつの間にか口に出ていたらしく、タケは不思議そうに首を傾げた。
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