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日曜日の午後。
バスの青い車体を見送って、束紗は踵を返した。
道路の脇でつむじ風に舞う、乾いた茶色い葉っぱを見つめながら、手にしたショッピングバッグを持ち直す。
結婚式用の服を買いに行くため、今日は午前中に家を出た。
束紗の住む地区から繁華街までの直通手段はなく、丁度良い時間に到着するには、いつも通勤で利用する駅まで電車を使い、そこからバスに乗り換えなければならない。
休日なのに、平日と同じルートで出掛けるのは些かテンションが下がるが、効率よく行動するにはその方法が一番だ。
乗り継ぎのため電車を降りて、いつもの改札を抜けると、どんよりとした鼠色の空から吹き付ける強い北風が、頬を打った。
ブロックチェックのマフラーをぐるぐるに巻いてる間にやって来たバスに駆け足で乗り込み、車内で一息つく間もなく、バッグから携帯電話を取り出す。
スクリーンを覗くが、何の着信も無い。
時刻は午前十時。
いつもは朝早く、彼からメッセージが届くのだが。
独身と違って、子供がいると休日は逆に忙しいのかな。
寝ぼけた頭を揺り起こすような、大きな揺れに体を左右に動かしながら、外気との気温差で白くスモークのかかった窓を少し撫で、あらわになった風景を眺める。
人もまばらな駅の表通り。
準備中の札をぶら下げた行き着けの居酒屋が見えては通り過ぎ、その先にあったいつもの小さな公園が見えては通り過ぎていった。
たまにはこちらから、送ってみようか。
再び、携帯電話に視線を落とす。
受け身になり過ぎるのも、バランスが悪いだろう。
【櫻井紘平】の名前をクリックする。
きっと、お昼過ぎには返信がくるに違いない。
そこまで考えて、ハタと画面をなぞる指先を止めた。
これって、カレシからのメッセージを待つカノジョの思考じゃないか。
危ない危ない。
これは、あくまでも『両想いごっこ』。
彼からの定期的なメッセージを期待したり、その行動にモヤモヤしたりするのは、お門違いだ。
慌てて手の中の物を、バッグにしまう。
短い期間とは言え、メッセージのやり取りが習慣になってしまっていた。
もう少し、自制しなきゃ。
束沙は深呼吸をして、背もたれに深く身を預けた。
先程拭いたはずの窓は、すでに白く濁っていた。
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