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心の端っこにあったモヤモヤが、すぅっと取れていく。
紘平からの、朝の一報が無かった訳が分かった。
きっとクリスマス会準備で、それどころじゃなかったのだ。
チラリと中を覗くと、壁を外して二部屋分に広くなった保育室に、たくさんの親子が集まって、ステージで遊戯をする子供たちを観覧していた。
何気なく真ん丸い目の二人を探す。
それにしても、近所の住民が全員集合したんじゃないかと思うくらいに、人がいる。
それまで、すっからかんの街を見てきたものだから、ギャップで目がチカチカした。
ガラス張りの扉の側に、彼らはいた。
あぐらをかいた父親の膝の上で、楽しそうに両手を上げ、何かを叫んでいる様子の璃紘。
興奮する息子をなだめるように抱きかかえ、大きく口を開けて笑いかける紘平。
その時。
出し抜けに、右側から綺麗な女性が顔を出した。
ショートカットで、目がくりくりしていて、色白で。
何となく、全身がざわっとした。
彼女は璃紘の被った紙製の冠の位置を直すと、紘平の膝の上から抱き寄せ、甘えた様子で両手を広げてくる子どもを自分の膝に下ろしてギュウと抱き締めた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
体中の血液が心臓に集まってくる、大きな音を聞いた。
ーーこれ以上、知らない方が良い
閲覧注意の文字が消えては浮かぶ。
だけど、怖いもの見たさなのか、わかっちゃいるけどやめられない人間の愚かさなのか、視線が勝手に彼女の行動を追ってしまう。
女性は璃紘を背中側から抱き直し、紘平に何か話しかけた。
彼は声を上げて笑い、彼女の肩に触れ、いつものように大きな口をぐっと持ち上げた。
それから目を細めて、束紗の知らない表情で彼女に微笑みかけた。
「あぁ…」
心の声は収まりきらずに宙に漏れていた。
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