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彼女は『リコ』さんだ。
だって、仲良く並んだ二人は雰囲気がよく似ていて、璃紘を含めた三人は、どこからどう見ても紛れもない家族だったから。
一瞬すごく腹が立った。
そして、その感情に驚いた。
嫉妬?
「それはお門違いよ」
なかなか言うことを聞かない感情に言い聞かせるように、ひとりごちる
彼らは正真正銘、元夫婦。
こちらはあくまで、役をこなしているだけ。そんな権利、これっぽっちもない。
幸せそうに見つめ合う三人の姿。
期待で作り上げた、実体の無いものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
弛んでいたトゲの回りはカチカチに固まり、胸の奥を再び深くえぐった。
いつも以上に派手な黄色い柵が、こちら側とあちら側の明暗をはっきりと分けていた。
ーー運命なんか信じちゃだめよ、足元掬われるから。
ーー不毛な恋愛はしないものよ、傷つくだけだから。
一から十まで一人芝居の恋物語に笑いが出てくる。
何とか足を動かして、その場を離れた。
冷えたアスファルトからの冷気で、足裏は痺れたように感覚を失っていた。
強張る頬が痛い。
胸のあたりが、ひたすらに熱い。
早足で歩いていると、口の中にしょっぱいものが入ってきた。
色のない空を見上げた。
「あぁ、無理だなぁ」
耳たぶが、鼻の先が、頬に残る雫の跡が、氷のように冷たかった。
何なら、このまま凍ってしまっても良いと思った。
夫の顔をした紘平は、この恋の難しさを白日の下にさらしていた。
束紗は、煌々と明かりのついたパティスリーを、一瞥もくれずに、通り過ぎた。
人気の無いゴーストタウンは、今の自分にとっておあつらえ向きだ。
この通りを歩くことは、もう二度とないだろう。
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