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束沙の表情を見て、美鈴の眉がハの字になった。
手を伸ばして、ヨシヨシと頭を撫でてくれる。
「あのねぇ、前も言ったけど、そういうことだよぉ?元奥さんがいて、子どもがいて、家庭があった人なんだよぉ」
「うん、覚えてる」
頭では。
「大丈夫だ、そんなこと平気だ、だって付き合ってる訳じゃないからって思ってた」
喉が詰まって、声が掠れる。
時々感じていたあの壁を取っ払いたくて、毎日忙しい彼の為に、少しでも何か出来ないかと考えていた。
今考えると、見たことのないリコの影に怯え、自己満足でやっていただけだったのかもしれないけど。
だけど結局、背負ってるものを委ねられることはなかった気がする。
そう、リコといた時のあの表情は、安心しきって身を委ねた顔だった。
彼女が側にいることへの安心感。
「わたしは…いらないよなぁって、思っちゃって」
母親じゃない、ホンモノじゃない。
下唇を噛み締める。
美鈴が大きく息をついた。
「だったらぁ、中途半端なことしないで、きっちりオトシマエつけとけば良かったのにぃ」
膝に顔を埋め、両腕で全身を抱える。
目を閉じると考えてしまう。
彼の気持ちの、矢印の先を。
「だって…」
声が震える。
「思ってた以上に、好きになっちゃってたから」
言ってしまって、涙が出てきた。
どうして昔みたいに、ただ『好き』だけで走れる恋ができなくなってしまったんだろう。
『今』が壊れるのが怖くて、触れられなかった場所。
惰性で走っていた車は、涙でブレーキが錆び付いて、停止線でちゃんと止まることができなかった。
ふと、美鈴の気配が動いた。
丸くなった体をギュウと抱き締められ、甘い香水の香りに包まれる。
「言ってること、すっごい矛盾してるよぉ」
匂いと同じ甘ったるい声を聞きながら、コクリと頷く。
わかってるんだ。
ついていかないだけなんだよ。
頭と、心が。
タイムスリップができるなら、初秋の、あの公園の、彼に出会う前の自分に戻りたい。
「ねぇ、美鈴…」
「なぁに?」
同じように抱きしめてくれた、紘平の匂いを思い出す。
それすら、痛い。
だから、この気持ちも涙も。
「全部、忘れても、いいかなぁ?」
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