砂の城

16/19
前へ
/149ページ
次へ
‐6‐ 帰宅時間、バス停、いつもの公園。 ブランコに座って、空を見上げる。 都会の明かりで真黒(まくろ)になりきれない、濃紺の天に輝く星々は、深々(しんしん)と冷たい夜気をより一層強く感じさせ、首にひと巻きしていたブドウ色のストールを、コートの上から肩に羽織り直した。 公園の前の道路を、たくさんの人を乗せたバスが何台も行き交い、勤め帰りの人々が寒さに肩を上げながら、足早に通りすぎる。 皆急ぎ足で、どこへ向かっているのだろう。 彼らの行くその先に、暖かい明日が確実にあるのなら、自分は走って行ってみたい。 氷柱(つらら)のように冷たくなった鎖を掴んでブランコを揺らすと、鳥の鳴き声に似た錆びた音が、赤く染まった耳にやけに響いた。 「束紗(つかさ)さん!」 良く聞き知った声に顔を上げると、公園の入口から走り寄ってくる紘平(こうへい)の姿が目に入った。 複雑な思いが、駆け抜ける。 息を切らして近づいてきた彼は、モッズコートの肩をハァハァと上下させながら、申し訳なさそうにキュッと眉を寄せた。 「スミマセン、お待たせして」 「こちらこそ、急に呼び出して、ごめん」 笑ってみせようとしたのだが、寒さのせいか上手く笑顔が作れない。 それに気づいた紘平(こうへい)が、自分のコートを脱いで、束紗(つかさ)の肩にそっと掛けてくれた。 彼の匂いと余熱が体を包む。 「だめだよ、紘平(こうへい)くんが風邪引いちゃう」 「俺、走ってきたから、(あっつ)くって」 罪のないその笑顔は、セメントで固定された胸のトゲをジリジリと振動させた。 決意すらも揺るがしてしまいそうで、ネクタイのあたりまで視線を落とす。 「長く待たせ過ぎちゃいましたよね」 束紗(つかさ)の肩に置かれていた両手がスルスルと腕を伝い、鎖を掴む束紗(つかさ)の両手を柔らかく包んだ。 「手が冷たいや」 紘平(こうへい)は、優しい。 いつでも、誰にでも。 だけど今は、その優しさがひどく痛かった。 寒さで感覚を失った肌に突如与えられた熱が引き起こす、痺れに似ていた。
/149ページ

最初のコメントを投稿しよう!

237人が本棚に入れています
本棚に追加