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帰宅時間、バス停、いつもの公園。
ブランコに座って、空を見上げる。
都会の明かりで真黒になりきれない、濃紺の天に輝く星々は、深々と冷たい夜気をより一層強く感じさせ、首にひと巻きしていたブドウ色のストールを、コートの上から肩に羽織り直した。
公園の前の道路を、たくさんの人を乗せたバスが何台も行き交い、勤め帰りの人々が寒さに肩を上げながら、足早に通りすぎる。
皆急ぎ足で、どこへ向かっているのだろう。
彼らの行くその先に、暖かい明日が確実にあるのなら、自分は走って行ってみたい。
氷柱のように冷たくなった鎖を掴んでブランコを揺らすと、鳥の鳴き声に似た錆びた音が、赤く染まった耳にやけに響いた。
「束紗さん!」
良く聞き知った声に顔を上げると、公園の入口から走り寄ってくる紘平の姿が目に入った。
複雑な思いが、駆け抜ける。
息を切らして近づいてきた彼は、モッズコートの肩をハァハァと上下させながら、申し訳なさそうにキュッと眉を寄せた。
「スミマセン、お待たせして」
「こちらこそ、急に呼び出して、ごめん」
笑ってみせようとしたのだが、寒さのせいか上手く笑顔が作れない。
それに気づいた紘平が、自分のコートを脱いで、束紗の肩にそっと掛けてくれた。
彼の匂いと余熱が体を包む。
「だめだよ、紘平くんが風邪引いちゃう」
「俺、走ってきたから、暑くって」
罪のないその笑顔は、セメントで固定された胸のトゲをジリジリと振動させた。
決意すらも揺るがしてしまいそうで、ネクタイのあたりまで視線を落とす。
「長く待たせ過ぎちゃいましたよね」
束紗の肩に置かれていた両手がスルスルと腕を伝い、鎖を掴む束紗の両手を柔らかく包んだ。
「手が冷たいや」
紘平は、優しい。
いつでも、誰にでも。
だけど今は、その優しさがひどく痛かった。
寒さで感覚を失った肌に突如与えられた熱が引き起こす、痺れに似ていた。
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