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「わざわざ返しに来てくれなくても、取りに行ったのに」
ブランコの座板に立て掛けた、ビニール傘に目を留める。
耳に馴染む彼の声が、脳裏にあの日の映像を映し出し、トゲを疼かせる。
顔を見たら、きっと決意は揺らぐ。
甘えてしまいそうになる心を奮い立たせ、さらに視線を落とし、紺のノータックパンツと茶色い革靴を見た。
「いつまでもうちに置いてたって、仕方ないから」
突き放すような言い方に、紘平の気配がピシッと凍る音がした。
「まぁ、そうですけど…」
「………」
「どうしたんですか?」
触れる手に、力がこもる。
「会社で何か、ありました?」
「何もないわ」
「体調悪いとか」
「いたって元気よ」
「俺、何か変なこと言いました?」
「だから、何でもないって」
「束紗さん。さっきから何で、俺のこと見てくれないんですか?」
しゃがみこんだ紘平と目が合いそうになって、思わず顔を背けた。
何でこんな時にカンがいいのよ…。
同じことを繰り返すのはやめなければと、心に決めたのだ。
ちょっとだけ、あとちょっとだけ、って、心地よさを求めてしまう。
だから、できる限り冷たい目をした。
「何なんすか…」
声に苛立ちが混じる。
「顔が、他人みたいですね」
「他人だから」
「は?」
語気が荒くなる。
「喧嘩しに来たんですかっ」
「大きな声、出さないでよ」
「最初に売ったのは、そっちじゃないですか!」
「買うのは、そっちの勝手でしょ」
「言いたいことあるなら、ハッキリ言ってください!」
「期待させないで!」
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