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大人げない出会い
-1-
「束紗ぁぁ、飲みが足らんぞーぅ」
同僚の柴田和樹が真っ赤な顔で、ギャハハハと耳につく笑い声を上げた。
「明日は休みだぁ!たんと飲めぇぇ」
トレードマークの黒ぶち眼鏡が歪んでいる。
たった二杯のジョッキで、この有り様。
だらしないったらありゃしない。
江口束紗は、四杯目のジョッキを空けて、お代わりを注文した。
今夜は、まだまだ酔える気がしない。
「束紗ぁ、もう飲めないよぅ」
同じく同僚の三枝美鈴が、ピンクに染まった頬に手を当てながら、ストロベリーなんちゃらとかいうカクテルのグラスを押し付けてきた。
ほろ酔いのまま手を離すものだから、あわや大惨事…の、すんででそれをキャッチ。
「ちょっと…っ」
一息ついてから、その奔放な行動に眉をしかめる。
しかし、そんな神がかった束沙の動体視力には目もくれず、美鈴は耳元の巻き毛をくるくる弄びながらどこ吹く風だ。
お酒が弱くて、ふわっとした可愛い、ちょっと間の抜けた女の子。
左手に持った、ビールのジョッキを見る。
右手に持った、赤いカクテルのロンググラスを見る。
『酔っちゃったー』とか、言うだけ言ってみようかしら。
ほら、言うのはタダだから。
ぼそぼそ呟きながら、クネクネした自分の姿を想像してみる。
「……」
…ないわ。
げんなりと首を横に振り、右手の甘くて到底酒とは思えない代物を、やりきれない思いと共にぐいっと飲み干した。
金曜日の居酒屋は、人で溢れかえっている。
至る所で乾杯の音頭が響き、店員の威勢の良い掛け声が飛び交う。
肉の焼ける脂の臭いや、揚げ物の臭い、酔った人々のアルコールの臭いが混ざって、繁盛店独特の空気に変わる。
笑い声、怒鳴り声、叫声。
店全体が人声の渦の中にあり、非日常的な空間を作り出していた。
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