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あの日、父はとても穏やかな表情で帰宅した。まだ幼かった僕は、いつもの調子で抱っこをせがんだがして貰えず、その後ずっと部屋の隅で拗ねていたのを憶えている。
そんな僕を見て、祖父母や我が家を訪れていたお隣さんがよしよしと頭を撫でてくれたが、僕は父に撫でて欲しかったし、抱っこして欲しかった。
母はというと僕のことは放ったらかしで、父に寄り添い「帰ってきてくれてよかった」と何度も言っていた。その時、僕は初めて母の涙を見た。
あれから十八年。先日、僕は母にある決断をしたと伝えた。
母は「反対したって無駄なんでしょう」と半ば呆れたように言って、涙を流した。あれ以来見ていなかった母の涙だった。
そして今日、僕はいよいよ出発する。
家を出る前に僕は仏壇に手を合わせ、見守っていてくれと父にお願いした。
雪山は恐ろしい。それでも挑戦しなければならない。これは親子の、男のプライドをかけた闘いなのだ。
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