第1章

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ただ愛しいだけ ここは銀座の中心地、観光客が行き交う道路に面した有名百貨店の地下1階だ。 フロアの隅に隠れ家のようなお茶屋がある。そこは日本茶の老舗で、茶葉を販売する以外にも、レジ脇のちいさな入り口の暖簾をくぐればイートインできる、こぢんまりとしたスペースがある。 ちょっと暗めの照明。店の大きさからは考えられないほど大きな枝振りの木が、可愛らしい花をつけ、石をくり抜いた花生けに据えられていた。 店内のざわめきも聞こえない、落ち着いた、ちょっと高級な、大人がお茶を楽しむ場所だった。 先日、この百貨店で10万超えのコートに魅せられた俺は、数日悩んではみたものの。 何度着てもやっぱりイイ。と、試着した自分の姿に舞い上がり、思いきって購入してしまった。 おかげでこの百貨店のカードのポイントが溜まり、「お買い物券」なるものが発行できるほどになった。 年末近かったので色々と物入りで買い物三昧だったのも、ポイントが溜まった理由でもあった。 俺は発券機の前でポイントが三千円のお買い物券を発行出来ることを確認すると、迷わずあのお茶屋で使おうと決めた。 今まで高額で手が出せなかった「お茶スペシャルコース」をこの機会に堪能したかったのだ。 券を発行し、お茶屋へと向かう。美容師をしている俺は、シフトにもよるが大概が平日休みだ。 美容師と聞いて茶髪のロン毛と思われたなら心外だ。 もう明るいブラウンは流行じゃない。 どちらかと言えば軽い栗色で毛先を遊ばせる長さか、日本人の黒髪を活かした清潔感ある短髪が主流だ。 俺は前者。童顔なのでちょっとトップと前髪が長めの方がしっくりくる。 俺はゆるくかけたパーマのハネ具合をチョイチョイっと指先で整え、お茶屋の暖簾をくぐった。 3人ほど客がいて。いらっしゃいませ。と感じの良い女性が空いてる席を案内してくれた。 席に座ると左側に大きな木の枝。生け花と呼ぶにはほど遠い感じだ。でもすごくこの空間にマッチしていた。 「コースをお願いします」 と注文すると店員の女性が、はい。と頷いててきぱきと準備を始める。 コースの内容を説明すると、まずは玉露に干菓子。次は抹茶に生菓子。最後に煎茶に羊羹。と言った具合だ。 菓子は干菓子以外なら何種類かあるので選択もできる。 でも俺はお任せにした。
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