第1章

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渋い色合いのランチョンマットが俺の前に敷かれた。 この店はカウンターしかなく、座れるのは6名までだ。店員が動きやすいよう、L字型のカウンターになっている。 これなら歩き回らなくても6人にお茶が出せると言うわけだ。 「玉露でございます」 俺の前にちいさなおもちゃみたいな急須と二杯目用のお湯入れ。そしてまたちいさなお猪口のような湯飲みが置かれた。干菓子がふたつ、漆塗りの器に上品に並んでる。 俺が玉露の香りを満喫していると、新しい客が入ってきた。 背の高い、割と若いだろうに高そうなハットを被っている男性。 (俺より年上・・・かな) ちなみに俺は24歳。名前は真坂友也(まさか ともや) 職業柄髪型はチェックしてしまうのだが、彼は黒髪短髪系で、通ってる美容師の腕はなかなかのものだった。彼の端正な顔立ちを上手に引き立たせている。 彼は脱いだ帽子を丁寧に棚に置いた。大事にしているのが良くわかる。俺も商売道具はもちろん、気に入った服なども大切に扱う。 だから高額なコートも、もちろん元をとっておつりが来るくらい大事に着るつもりだ。 そうやって自分の着てる姿を思い浮かべていると、ふいにカウンターの角を挟んで隣に座った彼が話しかけてきた。 「それ。なんですか? 」 見かけによらず人なつこそうな笑顔で聞かれ、一瞬ドキッとしてしまった。 「え。・・・どれ? 」 何を聞かれたのか見当も付かず、聞き返せば、それですよ。と、ちいさな急須を指さした。 「あぁ。これね。玉露を頼むとこういうので出てくるんですよ」 「へぇ。なんか可愛いですね。柿渋の敷物とのマッチングがまたいい感じで」 「柿渋・・・なの? これ」 ですよね。と彼が店員に問うと、にこりと女性は頷いた。 良い物をさらりと使ってみせるこの店のこだわりは知っていたけれど、染め物までは詳しくない。 でもその玉露の為だけに敷いたマットや、そこに乗せている名も知らぬ赤い実の付いた一枝や、口の中に広がっている玉露の香りは確かに俺を満足させていて、知識なんて無くたって楽しめるのがココの良いところだと勝手に解釈していた。 「よく来られるんですか、ここ」 意外なことに会話は続いていた。 「ええ。お金に余裕のあるときは」 にっこり笑って見せると、彼が急に赤面した。俺、なんか恥ずかしいこと言ったかな。
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