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こうやって訪ねてくる作曲家の卵が星の数ほどいるのだろう、その男の対応はごく慣れたものだった。
「玄関先でお待ち頂くわけにはまいりません。ひとまず中へお入り下さい」
エルンストは玄関を入ってすぐ左の、控えの客室のような部屋に通され、椅子に座って待つように言われた。そして、ここで追い返されないことを祈るしかなかった。
彼がこの家へ…オイゼビウス・デーゼナーを訪ねたのは、彼が有名な音楽評論雑誌の主筆を務める人物だからだ。
まだ十九か二十歳の年齢にも関わらず彼の文才と評論の鋭さはすでにヨーロッパの音楽界を牽引していたのである。作曲家、演奏家たちはオイゼビウスに認められれば即ちそれが世に出るチャンスとばかりに、彼の元を訪れるのだった。
また、噂によると彼は著名なピアニスト達にも引けをとらないほどのピアノの演奏技術を持っているらしいのだが、決して演奏会であれ、サロンであれ、自宅を出て人前で演奏することはないと言う。
「私がピアノを弾くのは人に聴かせるためではなく、まして利益のためではなく、ただ自身の音楽に対する理解を深めるためでしかない」と言うのだと、エルンストは自分の友人で、オイゼビウスとも懇意である音楽家からそう聞いたことがある。
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