第1章

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 しかし、そう聞いて一層エルンストのオイゼビウス・デーゼナーへの憧れはつのった。  サロンで少しばかり演奏し、笑いさざめく生活に背を向けて、一人音楽と向かい合う生き方に、高潔なものを感じずにはいられなかったからだ。どうしても彼に会ってみたかった。  使用人の男はあの後すぐ玄関奥の階段を上がっていったようだった。  そして、上階からはオイゼビウスが弾いているのであろう、バッハの平均律がきわめて正確に、そして流麗に響いてくるのだった。  一切のゆらぎのない演奏にエルンストは驚嘆し溜息をついた。  たとえ門前払いになったとしてもこの演奏が聞けただけで良しとするしかないだろう。
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