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通された部屋は南側に大きな窓があり、初夏の日差しが降り注いでいた。
少し、室温が高いと感じたので、エルンストはソファから立ち上がり、窓を開けた。そして窓から入ってくるひんやりした風が頬をなでるのが心地よく、そのまま窓際に佇んでいた。
すると、ずっと聞こえていたバッハの演奏が止まった。その後、しばらく屋敷の中は静寂に包まれた。屋敷の外の樹木の若葉が風にそよぐ音だけが微かに聞こえてくる。
しかしその沈黙は再びピアノの音によって破られた。
心の奥深くまで落ちてくるかのように感じる印象的な導入部の低音。その上に何とも表現しがたい耽溺的で甘美な響きを持つ高音部の旋律がふわりと浮かび上がった。エルンストはその音色に心をさらわれるような錯覚を覚えたが、その先には更なる驚きが彼を待ち受けていたのであった。
「これは…私の曲だ!」
彼が、私の曲を弾いている。
そうなると、もはやこの部屋に留まることには耐えられなかった。
先ほどの男が戻ってくるのを待ち切れずエルンストは部屋を飛び出し、奥の階段を駆け上がった。ピアノの音は二階の廊下の突き当たりにある扉の向こうから聞こえてくるようだった。
エルンストは、扉の前に立ち、少しためらったが、その奥でピアノを弾く人物へ抱く好奇心に勝てず、ドアをそっと開いた。
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