第1章

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『しかし、地球の滅亡まで、残り50日となった今日、わたくしは、はじめて』 クラシックの曲が終わった。 リビングに、鳥肌が立つような静寂が笑い出す。 『人をあやめた』 ゴクッと、コーヒーが喉元を過ぎる音が奇妙に響いた。 そうか。 そうか、あなたも。 少なくとも私の中では人間の象徴であったあなたも、滅亡に怯えるヒト科になってしまったのか。 『理由は、言わないでおく。何を言っても、あやめてしまったことに、変わりはない。何より、地球の滅亡がかかっているというに、私情など、微塵も関係ないからだ。よって、この放送を最後に、わたくしは』 また、同じクラシックが大音量で流れ始めた。 不覚にも少し驚いて、溢しそうになったマグカップに気を取られていると、ラジオの放送が切れたのか、不快なノイズが頭の中を駆け回った。 3年間、世間の状態を事細かに伝えてきたあの男。 放送をやめる理由もよほど人間らしく、人一人をあやめていてもあれほどの正気を保っていようものなら、十分ではないか。 コーヒーを飲み干し、ふうと息を吐いた時、リビングの扉が開いた。 両親が帰って来た。 私は、ラジオを聞いていたイヤホンを外して、両親がそれぞれ両手に抱えたパンパンのエコバッグを見る。 大丈夫だった? 声に出して聞くが、大音量のクラシックと重なって届かない。 すると、うんざりしたような表情を浮かべた母が、オーディオプレーヤーの音量をぐんと下げた。 「音が大きいって、何度も言っているじゃない」 母の服に、血が付いている。 「ごめんなさい。ねえ、大丈夫、だったの?」 私が聞くと、父が深い溜め息を吐き出した。 「大丈夫なわけがない」
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